大判例

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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8039号 判決

原告

箭内ハギノ

ほか五名

被告

三東運輸株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告箭内杉子に対し金二六〇万円および内金二四〇万円に対する、原告箭内ハギノ、同桝男、同マツ、同美明、同勝美に対し各金三九万円および内各金三六万円に対するそれぞれ昭和四四年一月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余は被告らの各連帯負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告ら)

一、被告らは各自原告箭内杉子に対し六五七万九二二〇円およびうち六二七万九二二〇円、その余の原告らに対し各八四万二九二二円およびうち各八〇万二九二二円に対する昭和四四年一月二四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

(被告ら)

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二、当事者の主張

(原告ら)

一、事故

訴外箭内健三は次の事故で死亡した。

(一) 日時 昭和四四年一月二二日午後二時三〇分頃

(二) 場所 江戸川区篠崎町二丁目二八四番地被告会社自動車修理工場敷地

(三) 被告車および運転者 事業用普通貨物自動車(足一い七五三六号)

被告 吉田邦雄

(四) 態様 被告車の下部で修理中の訴外健三を、被告吉田運転の被告車の後輪が轢過し、昭和四四年一月二三日午前三時三〇分死亡させた。

二、責任原因

(一) 被告吉田は、被告車の下部における人の存在を十分確認しないで被告車を運転したものであるから、民法七〇九条により訴外健三および原告らの損害を賠償する責任がある。

(二) 被告会社は、被告車の所有者であり、被告車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、前同様の損害を賠償すべき責任がある。

三、損害

(一) 原告箭内杉子は、訴外健三の配遇者であるが、次のような損害賠償請求権を取得した。

(イ) 訴外健三の逸失利益九〇四万三八三〇円のうち同原告の相続分である三分の二に相当する六〇二万九二二〇円

右逸失利益算定の根拠は次のとおりである。

(年令) 満三一才

(資格) 三級整備士(被告会社に勤務)

(年収) 八五万五〇〇〇円(賞与を含む)

(生活費) 年収の四割

(稼動可能年数) 二九年間

(中間利息の控除) 年五分の割合でホフマン式計算

(年別複式)による。

855000円×6/10×17.6293=904万3830円

(ロ) 葬儀費用 二五万円

(ハ) 固有の慰藉料 三〇〇万円

(ニ) 弁護士費用 三〇万円

(ホ) 損害の填補 三〇〇万円

ただし、自賠責保険金

(二) その余の原告らは、いずれも訴外健三の兄弟姉妹であるが、それぞれ次のような損害賠償請求権を取得した。

(イ) 訴外健三の前記逸失利益のうち同原告らの相続分である各一五分の一に相当する各六〇万二九二二円

(ロ) 固有の慰藉料 各二〇万円

(ハ) 弁護士費用 各四万円

四、結論

よつて被原告らは被告らに対し前記第一項の一記載の金員およびこのうち各弁護士費用相当の損害賠償額を除く金員に対する不法行為の日以降である昭和四四年一月二四日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五、抗弁に対する答弁

抗弁(一)は否認する。

訴外健三は、検査主任であり、整理主任でも整備管理者でもなく、また被告吉田の監督者でもない。訴外健三が被告吉田に指示したのは、五九号車を三四号車の後方に移動させることであり、そのとき五九号車の後方に乗用車は駐車していなかつたのであるから、訴外健三にとつて被告車の発進は予測外のことであつた。かりに訴外健三の指示内容が被告ら主張のとおりとした場合、まず五九号車を後退させてその場所を空け、次いで被告車をゆつくり後退させてそのあとに移動させ、最後に五九号車を所定の場所におさめるというのが入替の手順であるから、訴外健三も被告車が微速で後退することは予測できたのであろうが、早い速度で前進することはいずれにしろ予測外のことで、そのため被告車を避け得なかつたのである。「歯止め」の措置は現実には励行されておらず、そのことは被告吉田がその有無を確かめないで被告車を発進させたことからも明らかである。また、被告ら主張の掲示は本件事故発生後になされたもので、当時はなかつた。

(被告ら)

一、請求原因に対する認否

(一) 原告ら主張一の事実および同二の(二)の事実を認め、同二の事実を否認する。同三の事実中訴外健三の年令、資格および原告杉子が自賠責保険金を受領している事実については認めるがその余の事実は不知。

二、抗弁

(一) 過失相殺

1 被告会社は、自動車の整備修理等を業とする会社であり、訴外健三および被告吉田はいずれも被告会社の従業員で、訴外健三は整備主任であり、かつ整備管理者であり、被告吉田は同訴外人の監督下にある修理工であつた。

2 事故当日の午後二時ごろ、被告吉田は、訴外健三から、別紙図面の五九号車の整備が終つたら被告車との入替えるように命令された。二、三〇分後に整備が終つたので、右命令に従い、まず五九号車を後退させて建物外に出そうとしたが、後方に乗用車が一台駐車中でそれができなかつたので、ひとまず被告車を前進させてから五九号車を建物外に出そうと考えた。右命令当時、訴外健三は被告車の整備作業をしていなかつたので、被告吉田は、まさか同訴人が被告車の下にいるとは知らずに、図面の点線のような経路で被告車に乗り込み、これを発進させた。

3 被告会社では、車両の整備修理を行なう場合、事故防止のため車輌に「歯止め」を装備することになつており、このことは、毎日行なわれる口頭の注意、工場建物内および事務所内の掲示により従業員のすべてが熟知し、かつ遵守している。しかるに、訴外健三は、「歯止め」を装備することなく被告車の整備にあたつていた。

4 以上のとおりであつて、訴外健三には、(イ)「歯止め」を装備しなかつた過失、(ロ)被告車の整備のため車の下に入るのであれば、被告吉田に被告車の移動を命じた際、当然その旨を伝えるべきところ、これを怠つた過失、(ハ)エンジンをかけてから被告車が動き出すまでには少なくとも十数秒を要するから、エンジンの音や振動で発進することを知つてからでも、車の下からのがれ出るなどして事故の発生を未然に防止し得たにもかかわらず、車が動き出すまでこれに気付かなかつた過失があつた。よつて、損害賠償額の算定につき、これを斟酌すべきである。

(二) 弁済

被告会社は原告杉子に対し葬儀費用一七万八八三〇円を支払つた。

第三、証拠関係〔略〕

理由

一、原告ら主張一の事実は当事者間に争いがなく、同二の(二)の事実は原告らと被告会社との間で争いがない。

二、そこで本件事故の過失関係について判断する。

(一)  〔証拠略〕によると、本件事故現場付近の状況はほぼ別紙図面のとおりであると認められる。

(二)  〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

(1)  被告吉田は、ゴミ車(図面五九号車)の調整が終つたら、被告車(図面九号車)と入れ替えておくように訴外健三から指示されたので、調整を終えた後、図面点線の如くに歩いて被告車の運転席に向い、被告車の下部に注意を払わないまま、エンジンをスタートさせ、直ちに被告軍を前進させた。

(2)  訴外健三は被告車右後輪の内側(図面害)付近で簡単な作業ースプリングのネジを磨くーを行つていたが、前進した被告車の右後車輪に足の方から背部さらに頭部にかけて轢過された。

(3)  被告車のロードクリアランスが高く、少し注意をすれば、車の下に修理人がいることを認めうる。

(4)  被告会社の修理部門は、豊田喜一を工場長とし、その下に訴外健三が職工長、その他被告吉田ら四名の合計六名で構成されており、訴外健三は被告吉田の仕事を指図する立場にあつた。

(5)  事故前から、事務所内および工場内に作業要領ないし注意事項を記した文書の掲示がなされていた。

以上の事実が認められる。〔証拠略〕において、九号車の移動に関する訴外健三の指図につき、前認定と趣を異にするものがあるが、採用しない。その他、以上の認定を左右するに足りる証拠がない。

以上を総合すれば、被告吉田は、その歩行経路に徴すると、被告車の下部に訴外健三がいることに気付き得たといわなければならない。自動車の修理を行う作業場においては、修理、点検のために車の下部に人が入つていることは稀ではないから、修理のため来場している車を動かそうとするときは、一応この点に注意を払うべきである。被告吉田はこれを確かめずに被告車を発進したことは、過失があるといわなければならない。

もつとも訴外健三においても、被告車の下部に入つて一見外部からは確知し難い場所で作業をするのであるから、他の作業員が車の入換作業のため、被告車を動かすことがあることを予想し、事前に被告車のエンジンキーを抜いて自ら保管するなり、車の歯止めをするなどをし、あるいは外部から容易に作業中であることが確知しえるような手数・方法(例えば工具類や作業中の標識を外部に置くなどして)を講ずるべきであつたといわなければならない。前認定の事実関係によれば、訴外健三は、被告車が前進であれ、後退であれ間もなく動かされるであろうことを認識していたと認められる。又、エンジンが始動された後に直ちに脱出すれば必ずしも脱出しえなくはなかつたと認められる。以上により、訴外健三にも過失が認められるので、後記損害額の算定にあたりそのほぼ四割を減額することとする。

三、損害

(一)  訴外健三の逸失利益

訴外健三が事故当時被告会社に勤務していたことは前記のとおりである。三級整備士の資格を有していたことは当事者間に争いがない。そして、〔証拠略〕によると、同訴外人は、昭和一二年四月二〇日生れの男子で、被告会社において月給六万三〇〇〇円、賞与年間九万九〇〇〇円を得ており、右収入によつて原告杉子を扶養していたことが認められ、第一二回生命表によると、満三一才の男子の平命が三九・九七年であることは当裁判所に顕著な事実である。

以上の事実によると、訴外健三は、本件事故に遭遇しなければ、満六〇才に達するまで二九年間稼働し、その間右収入と同程度の収入をあげ、生活費にその四割を要するものと考えられる。そこで、収入と生活費の差額について年別複式ホフマン法により年五分の割合による中間利息を控除すると、訴外健三の逸失利益の死亡時における現価は、次のとおり九〇四万三八三〇円となる。

(63,000円×12+99,000)×6/10×17.6293=904万3830円

訴外健三の前記過失を斟酌すると、そのうち五四〇万円をもつて被告らに請求しうるものと認められる。

〔証拠略〕によると、原告杉子は訴外健三の配偶者、その余の原告はいずれも同訴外人の兄弟姉妹であることが認めるので、法定の相続分にしたがい、原告杉子は訴外健三の逸失利益の三分の二に相当する三六〇万円を、その余の原告らは各一五分の一に相当する三六万円を各相続したことになる。

(二)  葬儀費用

弁論の全趣旨によれば、原告杉子は、訴外健三のために葬儀を行ない、これに約二五万円の費用を要したことが認められるが、このうち事故と相当因果関係があるものとして被告らにおいて賠償すべき額は二〇万円と認めるのが相当である。

被告会社が同原告に対し葬儀費用として一七万八八三〇円を弁済済みであることは、同原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべきところ、訴外健三の前記過失を考慮すると、同原告の右損害は被告会社の右弁済により全額填補済みであると認められる。

(三)  慰藉料

訴外杉子の慰藉料は、本件記録上にあらわれた諸般の事情を考慮すると一八〇万円が相当であると認める。

その余の原告については訴外健三との関係において民法七一一条の父母、配偶者及び子に該当しないことは同原告らの自陳するところであり、他に固有の慰藉料請求権を発生すべき事由についての主張立証がないから、慰藉料を認めることはできない。

(四)  損害の填補

原告杉子が自賠責保険金三〇〇万円を受領していることは当事者間に争いがないので、同原告の前記損害合計額からこれを控除すると二四〇万円となる。

(五)  弁護士費用

原告らが本件訴訟追行を弁護士たる原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかである。そこで前記認容額、被告らの抗争の程度、証拠の蒐集の難易等諸般の事情を考慮すると、被告らにおいて負担すべき弁護士費用の額は、原告杉子につき二〇万円その余の原告については各三万円と認めるのが相当である。

四、よつて、被告らに対する原告らの本訴請求のうち、原告杉子については、二六〇万円、その余の原告については各三九万円および右各金員中弁護士費用を除く金員に対する不法行為の日の後である昭和四四年一月二四日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については同法一九六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井芳雄 小長光馨一 佐々木一彦)

別紙 〈省略〉

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